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2011年05月 アーカイブ

初めまして!

今日からブログ始めます。


こんにちは。


初めてブログをやる者ですが以後、よろしくお願いします。


ここではクルマに関することを中心に、中古車情報なども一緒にお伝えしていこうと思っています。


不束者ですがどうぞよろしくお願いいたします。


ではまず、昭和の日本における自動車産業について書いていきたいと思います。


世界の自動車地図は’70~’80年代に誰の目にも識別できるほどに塗りかえられました。


デトロイトの没落と日本の台頭がその主因をなしています。


日本自動車工業の躍進の秘密は、実は昭和30年代にことごとくパックされています。


・・・その秘密の一つが、メーカー各社によって実施された乗用車専門工場群の建設です。


いすゞ自動車の藤沢工場は、同社の総合自動車メーカーへの発展計画を推進する重要な柱として建設されました。


乗用車は量産を前提として事業化が成り立つ商品です。


いすゞでは同時に小型トラックの分野にも進出する計画が進行中で、これらを量産する必要に迫られての建設でした。


・・・昭和36年11月第1期工事完了。


翌37年1月から新しいベルトラインの上をヒルマンが流れました。


しかし三宮社長はそれを見ることなく、36年12月30日黄泉の客となりました。


ワイドセレクションの元祖

乗用車路線を推進した三宮社長のあとを引き継ぎ、第6代社長に就任したのが楠木直道(37年1月~40年6月在任)です。


自動車メーカーの社長というより、むしろ銀行の頭取室におさまるのが似合う温厚な風格の人でしたが・・・


40年代におけるいすゞ自動車経営不振の因は、この人の在任中にふくらんだと目される不運のトップでもあります。


ところで乗用車の場合、ニューモデルがデビューするのには普通3年ないし4年の歳月を要すると言われます。


・・・ということは、3~4年先のデビュー時に、そのモデルがどのように評価されるかを読んで設計企画を決めるわけで、そこのところが乗用車設計のむつかしいところとされます。


乗用車という商品にはまた、企業の安危がかけられています。


デビューしてヒットすれば企業の発展に大きく貢献するし、その反対の場合はきびしい局面にさらされます。


30年代の乗用車モデルで、それを如実に実演したのがブルーバードです。


当時は中古車情報なども少なかったのですが、このブルーバードは飛ぶように売れました。


初代ブルーバード(310型)のヒットで、日産は一躍乗用車メーカーのトップにのし上がりました。


ブルーバードとコロナ

2代目ブルーバード(410型)はヨーロッパ調のスタイルがなぜかユーザーの不評を買って臥薪嘗胆のコロナに追い抜かれ、これがその後のトヨタに対する日産劣勢の遠因となりました。


いすゞベレットが報道関係者に発表されたのは、昭和38年6月17日のことです。


わたしの感覚のなかにそれはつい昨日のことのように生きていますが・・・


流れた歳月を思えば、すごく昔のことになりますね。


デビューしたべレットは、いすfにとって実に重要な意味を持っていました。


・・・というのは、いすゞの総合自動車メーカー体制が確立されるかどうかが、このモデルの成否にかかっていたからです。


37年1月に稼働を開始した藤沢工場には、すでに230億円もの建設費が投入されていました。


この金額だけでも、当時のいすゞの資本金150億円を越えています。


全国に配備した乗用車ディーラーは30店を数え、ここにも莫大な資金が投入されています。


ネットなどで中古車情報を見ればすぐにわかることですが、やはり一般消費者にいちばん人気が高いのは乗用車です。


いすゞが莫大な資金を投入するだけの理由は十分にあるといえます。

乗用車の人気

もしベレットに不評が集まれば・・・


中古車としても人気の高い乗用車、小型トラック合わせて月産2万台の生産能力を目標に建設された藤沢工場は、たちまち遊休設備と化して会社の財務面に甚大な悪影響を及ぼすでしょう。


投入した販売資金の回収もおぼつかなくなります。


大げさな表現かもしれませんが・・・


藤沢工場の建設が命とりとなるか、企業発展のバネになるかの命運の岐れ道が、ベレットに託されていたのです。


いすゞ自動車は、この時点では乗用車の経験が浅いのです。


ベレット宣伝の字句にこそ自信の文字が躍っていましたが、関係者の不安は定めて大きいものがあったものと想像されます。


その不安の原因はほかにもあります。


いすゞ自動車はべレットに先立つこと2年、これぞヒルマンの後継車として、昭和36年11月にいすゞベレル(2000㏄)を発表(発売は37年4月)しています。


ベレルの悲劇

東京のパレスホテルで行なわれた発表会の席上、三宮社長は


『わが社が創立以来培ってきた技術と、これに加えてヒルマンの国産化を通じて体得した新技術の精髄とをフルに活用して完成したのが、本日発表の新型乗用車・いすゞベレルであります』


・・・と紹介しました。


いすゞ自動車のべレルに寄せる期待は大きく、巨人軍の長島選手をキャラクターに採用して宣伝にもつとめました。


ベレルは、しかし売れなかったのです。


バリエーションに揃えたディーゼルエンジン搭載車が、わずかにタクシー業界に売れただけであとは散々の成績に終わりました。


いすゞのポスト・ヒルマン第1号は、悲劇のモデルの道を歩いて消えました。


不安な思いが尾を引くいすゞ関係者にとって、ベレット発表の翌日の新聞記事は、何といっても気にかかります。


その一つを次回、紹介しましょう。


新型乗用車の発表

昭和38年6月18日付の産経新聞によると・・・


「"新型乗用車いすゞベレット2種発表"


"ガソリンとディーゼル"


自動車界は新三菱の乗用車コルト1000の発表を皮切りに新車開発競争の様相をみせているが、いすゞ自動車も17日、新型乗用車「いす.ベレット」(排気量1500㏄ガソリンと1800㏄ディーゼル)2車種を秋のモーターショーまでに売り出すと発表した。


同社ではこれで総合自動車メーカーの形態を整えたと言っており、とくにディーゼル車の幅を広げているのが特徴的である。


1500㏄はガソリン車で63馬力.5000回転、最高時速137㎞。


1800㏄は世界最小というディーゼル乗用車で50馬力・4000回転。


最高時速110㎞。


いずれも5人乗り。


価格は未定だが、1500が65万円前後、1800ディーゼルはその4万円高程度の見込み。


なお新しい1トン積みトラックとして「いすゞワスプ」2車種も秋から市販。


月産台数はベレット、ワスプ合計で3000台の予定。」


・・・いつも思うことですが、新型車の発表を伝える新聞記事は、主観を交じえず、それでいて発表車の特徴をよく伝えています。


わたしは中古車情報と共に、こうした新聞の新型車情報もいつもチェックすることにしています。


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