小型乗用車の開発
ここにおいて、問題は外車の輪入自由化までのタイムスケジュールのなかで、総合自動車メーカーの企業体を構築するにはどうすべきかにしぼられます。
政府は35年6月の貿易・為替自由化促進閣僚会議で、3年後80%の自由化達成を目標とする自由化計画を決定しています。
・・・ついでながら日本が国際通貨基金8条国に移行したのは39年4月1日。
次いで乗用車の完成車輪入自由化が実施されたのは、翌40年10月1日のことです。
・・・情勢は時間的に切迫しています。
まずは中古車情報の多い小型乗用車の開発を急がねばなりません。
小型乗用車を作って、売って、量産の軌道に乗せ、企業の足腰を強化することが何より先決です。
こうして35年のうちに、600~800㏄クラスに照準をおく小型乗用車の開発準備が始動しました。
いささか旧聞に属しますが、恒次社長は東洋工業が昭和の初期にマツダ号三輪車を開発した当初からその陣頭指揮に当たり、戦後に続く長い期間、三輪車王国を築いた人です。